津 波 か ら身 を守 ろう
                               上田 壽

 近ごろのマスコミ関係の報道では、次に南海地震が起こる際には安政元年(1854)に発生したマグニチュード(M)8.4と同程度のものであろうと仮定して、家屋倒壊、火災、津波など種々の災害の結果がコンピュ-タにより予測せられ、被災の恐れのある地域では各自治体及び住民が災害に対する予防策を練りつつあることが報ぜられている。
 昭和21年12月21日早朝に発生した昭和南海地震の震度はM8.1であったから次に起こり得る新南海地震の災害は昭和のものよりは遥かに大きくなると思われる。
 昭和南海地震の直後に筆者は高知県内の津波災害の大きかった数地域の実地調査をした経験がある。もしも昭和南海地震と同程度の地震が同じように起こって、同程度の津波が来襲すると仮定したとき、現在の状態においてどういう場所が大きな被害を受けるか、又避難すべき場所や避難の経路を予め確保することなどを、平成11年6月から同12年4月にわたり、須崎市、中土佐町久礼、中土佐町上ノ加江、宇佐町、夜須町、安芸市の各市町村を回って調査した。
 その結果を「津波対策の諸問題」という小冊子にまとめて平成12年12月に高知県環境総研から出版して頂いたので詳細についてはそちらを参考にして頂きたい。その中で特に注意すべきは次のような事項である。(1)大きな材木が津波により浮動して家屋を壊したり、人命を奪ったりする(2)津波は河川を遡上するので河口や堤防に設けられてある水門を速やかに閉じること(3)海岸に沿って作られてある堤防の外側(海側)や低地にある建物に住む人は、近くの高い頑丈な建物への避難場所を予め用意して置く必要がある。
 最近各所で緊急津波避難の建造物が出来だしたようであり、大変適切な喜ばしいことであるが、そこで注意すべきことは、津波は引き潮の力が非常に強いということである。
 須崎市から出されている「海からの警告」という冊子には、実体験から得られた貴重な教訓が多く収録されているが、津波で特に注意すべき事柄として引き潮の力が非常に強いことが強調されている。その数例をあげると当時須崎土木出張所員の岡村氏の談として、「津波の来る時の様子は波打たずに水面が膨れ上がってヒタヒタと押し寄せてくるが、その引く時は物凄く何もかもさらって行く。その去ってゆく時のエネルギーの物凄さは一切のものを引きさらって行く」といっている。
 他の人の例では天井近くの棚につかまった子供が手が痛いと泣きながらも、離したら死ぬと皆が励まして、平素は想像もできない気力でよく辛抱して命が助かったとか、電柱につかまっていた子供が隣の人に助けられ二階に引き上げられて命拾いをしたなどの例が出ている。
 このような津波の引き潮の力強さから考えると、津波の緊急避難建物に避難した人々が流失されないようにつかまることが出来る網の目状又は柵状の装置で囲み、一度つかまえたものは絶対に離さないような設備を作ることをお願いしたい。
 最近は歴史的な過去の大地震を統計的に見て、近く次の大地震がおこるだろうという仮定の下に講演や避難訓練などが盛んであるが、地震学の研究の本道ともいうべき地球物理学的な研究、即ち地盤の伸縮や傾斜の測定、地磁気や地電流の変化、人体に感じない小地震に感じる微小地震計等の研究に基く話題が余り聞かれないのは残念である。これらは地震予知のためには欠くことのできない研究であるが非常に難しい間題である。従って人命救助を第一に置きその他の災害をも出来るだけ少なくするような「防災」に重点を置く方針に従うのも止むを得ない現状といえる。


高知県環境問題総合研究会 10周年記念誌(平成15年12月5日)より転載。
上田 壽(うえだ ひさし) 友の会顧問:平成21年死去