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宇賀家墓所

 幕末土佐の上士と下士(郷士)の反目を決定的にした井口村刃傷事件の犠牲者の一人である宇賀喜久馬の墓があります。
 上士には逆らえず親族の立ち会いのもと、宇賀喜久馬は切腹せざるを得ませんでした。
 この時、喜久馬の介錯をしたのは、既に寺田家に養子に入っていた兄の寺田知己之助(利正)でした。


2010年12月18日
寺田寅彦旧邸を訪問し、案内係の方に宇賀家墓所への道筋をお聞きし、行ってきました。


つつじヶ丘団地の看板から左上に道なりに奥へ進み、この公園の突き当たりを右に曲がります。


少し道が曲がっていますが山側をとって道なりに進みます。
突き当たりの右を見ると擁壁に階段があるのが見えます。
この階段を上がり10mぐらい進むと左手の墓地に入ることができます。

すぐに分かるのは寺田寅彦の姉の嫁ぎ先の別役家の墓所ですが、
その奥、一段下がった場所に寅彦の父の実家である宇賀家の墓所があります。


6基の墓石の並ぶ宇賀家の墓所です。


寺田寅彦の祖父、宇賀喜久馬の父である、宇賀市郎(良)平と峰夫婦の墓です。


文久元年3月5日、僅か18歳で切腹した宇賀喜久馬の墓です。
上に書いたように次兄であった寅彦の父が、涙を飲んで弟の介錯をしたそうです。


喜久馬の長兄、宇賀正巳の墓です。


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